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(三)お布施について
 お布施は法施・財施とに分けられる、道元禅師の御教えのなかに
「布施というは貪らざるなり、我が物に非ざれども布施を障へざる道理あり、その物の軽きを嫌はず、その功の実なるべきなり、然あれば即ち一句一偈の法をも布施すべし、此生佗生の善種となる、一銭一草の財をも布施すべし、此世佗世の善根を兆す、法も財なるべし、財も法なるべし、但彼が報謝を貪らず、自らの力を頒つなり、舟を置き橋を渡すも布施の檀度なり、治生産業もとより固より布施にあら非ざること無し。」とあります。
1. 布施という言葉の意味は、他に金品や物、心や言葉を対価を求めず与えること。
2. 財施とはお金・土地家屋不動産・食料・花樹等の物の施し。
3. 法施とは僧が教えを説く施し、思いやりの籠もった言葉・微笑み・眼差し、他人の悩み苦しみを、「慈しみ」の心をもって対処する等の施し。
●お布施には相場があるか
 ご法事の時などに尋ねられることがあります。
はっきり言って世間相場という考え方で言えるものではありません。
お布施の基本的な考え方を申しますと。お坊さんへの対価的なお礼と考えられ勝ちですが、それは違います。経済的に余裕がある人はあるように、ない人はそれなりに分に応じてすることです。
御布施の基準を何処におくかという考え方の一つに「生かされている悦び・恵まれている感謝の印として収入の一割を仏に喜捨する」と言った人がありました。
また布施は僧個人にする場合と、お寺に対してするという事があります。
僧個人にする場合は、その僧の法施に対して信仰上の表信を財施として如何に分相応にするか、お寺に対して財施をする場合、お寺の規模にもよるし、運営上の仕組みも異なりますから一概には申せません。
例えば「禅昌寺」を百戸の檀信徒で維持するのと、五百戸・千戸の檀信徒で維持する事を考えてみますと、当然一檀信徒の負担も異なってきますから、世間で言われる「お布施の相場」という物は決められる物ではありません。
 お寺に対する表信の表し方が分からないお方の為に、「しおり」と共に「禅昌寺檀信徒規約」「禅昌寺志納基準」を作っております。
禅昌寺護持会へ入会を希望されるお方にはお送りさせて頂きます。

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